年明け早々の1月12日、仕事場に母親から電話がかかってきた。
「じいちゃんが倒れた」
それ自体大事なのだが、高血圧の既往があり、これまでにも数回同じようなことがあったため、心配はしつつも、どこか
「今回もすぐ大丈夫になるだろう」
と思っていた。
が、
病院で見た祖父は明らかにこれまでと違う様子。
目は薄く開いているが意識がなく、呼びかけにも返事はしない。
そして極めつけは肌の質感、、、白を通り越して既に青くなっていた。
駆けつけたツマも直感的に同じ印象を持ったそうだ
「これはダメかもしれん、、、」
高血圧の既往がある祖父はすぐに脳の検査のためCTへ、、、
その後すぐにレントゲン、処置室へと運ばれたが、数分もしないうちに担当医師が家族のもとへレントゲン写真を持って説明に
「これは助からんかもしれん、、、」
祖母を始め、家族がどうしようもない絶望感にかられた瞬間だった
祖父のレントゲン写真には折れた肋骨が3本はっきりと映し出されており、左胸部が白く濁って映し出されていた。
医師によると
「折れた肋骨が肺に刺さり肺の中に血液がたまっている状態、脾臓、腎臓にもダメージがありそうだ」
車にはねられたり、高所から落下するとそのような状態になるそうだ。
祖父は自宅の門前の路上で倒れているところを通りかかった方に発見され、救急車で搬送された。どういう状況でそこに倒れたのか、誰も見ていた人はいなかった。
医師の説明があったあと、わずかな時間家族には覚悟を決める時間が与えられた。実際の時間は全く定かではないが、自分にとっては数分しかなかったように感じた。
すぐに看護士が家族を呼びにきた、祖父の生涯が幕を下ろす瞬間だった。
その場に居合わせた家族、親戚、全員が祖父の名前を呼び続けた。傍らには医師が2名懸命に心臓マッサージと人工呼吸を繰り返している。
どれだけの時間そこで名前を呼び続けたか全く覚えていないが、医師から臨終のような言葉を告げられた。
あっけない幕切れだった。
祖母によると、この日も普通に昼ご飯を食べて庭で何やら作業をしていたようだが、いつどこでこの状況になったのかいっさい不明だった。死亡原因が特定できないとして、警察が捜査に入ることになった。
ツマとワタシが現場検証に立ち会うこととなり、初めて祖父が倒れていた現場を目にした。路上に少量ではあるが血痕が確認できた。胸が苦しくなった。ツマは泣いている。
警察が何やら門前に面する山の中を捜索している。警察官の一人が説明にきてくれた。
祖父は長靴を履いていたようだ。路上から8mの高さの場所に祖父の帽子が落ちていた。
帽子が落ちていた付近に数カ所滑った跡があった。その跡から直線上の位置に祖父が倒れていること。
祖父は何かの作業をするため、普段履きの長靴のまま急峻な山中を歩き、誤って転落してしまったようだ。
84歳と高齢ではあったが、日頃より農作業にいそしむ祖父は非常に頑健で、高血圧以外は全くの健康体だった。ただ、その健康体であったが故の不幸な事故であったかのように思う。
普通の84歳と同じように身体を休めることを嫌う祖父は、常日頃から山に田畑にと、とにかく動いていないと気が済まない性分だった。
昨年くらいからはさすがに足腰が弱り始め、作業中に何度か転倒し、ケガをすることがあったため、家族みんなから
「危ないことはするな」
と何度も言われ続けていたが、そんなことは気にも留めず、好きな山仕事や畑仕事に精を出していた。
そんな中での今回の事故、家族全員で止められなかったことを悔やんだ。
通夜、告別式には祖父の人柄からか、寒い中たくさんの弔問客が訪れてくれた。
ムスメもひいじいちゃんへの最後の手紙を立派に読み上げてくれた。
骨になってしまった祖父をみんなが拾い集め、骨壺に納めてくれた。
どれだけ泣いても涙が出てきた。
田植え、椎茸の駒うち、木登り、カニ捕り、バーベキュー、、、ほんとに色んなことを教えてもらった。
今日でじいちゃんがいなくなって4日経った。まだ、思い出すと涙があふれそうになる。
でも、前を向いて、じいちゃんの亡骸に誓ったように家族みんなで力を合わせてがんばろうと思う。
じいちゃんありがとうございました。
じいちゃんの死を忘れないためにここに記します。